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ロードレーサーに聴く!スポーツをメジャーにする育み

山村:さて、今回のゲストは、自転車プロチーム、宇都宮ブリッツェン取締役の廣瀬佳正さんをお迎えしています。宇都宮市出身の廣瀬さんは、2008年に宇都宮市内で自ら結成した宇都宮ブリッツェンに移籍され、選手兼コーチに就任。そして2012年に現役を引退し、ゼネラルマネージャーに就任されたという、そういった経緯をお持ちの方です。廣瀬さん、きょうはお忙しい中、お越しいただきましてありがとうございます。

廣瀬:よろしくお願いします。

山村:よろしくお願いします。まず、きょう、廣瀬さんを、私の知人からご紹介をいただいたんですけれども、大変申し訳ないんですけれども、私、自転車のこと、全く分からなくて、きょうは、ある意味、興味のない人に自転車を、興味を持っていただけるようなお話を聞かせていただいたらなあというふうに思って。

廣瀬:分かりました。

山村:きょう、こちらに来たんですけれども、最初に、私が自転車から連想できるというか、自分の経験っていうのは三つあるんです。一つはジャパンカップ、宇都宮市内で行われていて、あのジャパンカップの、コースの脇に、うちの障害者施設がありまして、特に市内でやるクレテリウム。

廣瀬:クリテリウムです。

山村:クリテリウムですか。クリテリウムにも、施設の、利用者の皆さんがご招待、毎年、いただいて、選手の皆さんが、利用者の皆さんが観戦している席の所に来て、ハイタッチをしていただいたりとか、すごくそれが利用者の皆さんにとって感激する一瞬らしいんですよね。

それが一つと、うちの、本当に昔なんですけれども、それはロードレースではなくて、どちらかと言えば競輪の選手だったんですけれども、保護者の方でいらして、その方も参加してくれたんですけれども、当時、親子キャンプっていうのをやっていて、その親子キャンプ、日立でやっていたんですけれども、夜、保護者の皆さんと飲み会、みたいな感じでやって、そのお父さんが寝ちゃったんですよね、テントの中で。子どもが、お父さんが先に寝ちゃったせいか分らないんだけど、ワアワア泣いていて、それを先生がたが見に行ったわけです、テントの中に。そうしたら、そのお父さんが寝ぼけて、その先生を蹴飛ばしたんですよね。そうしたら、ものすごい太ももが太くて、ものすごい力だったっていうのが1回、あったんですよね。

それが二つ目で、三つ目は、私の、その障害者施設の近くで、よく高校生の自転車部っていうのかなあ。何部っていうんですか、作新の。

廣瀬:自転車競技部です。

山村:自転車競技部ですか。

廣瀬:私も作新学院、自転車競技部の卒業生です。

山村:そうですよね。

廣瀬:はい。

山村:そうすると、廣瀬さんの後輩だと思うんですけれども、たまたま、施設の近くで転倒したんだよね。

廣瀬:落車しちゃったんですね。

山村:落車。血だらけになってて、その子を施設に連れて行って、応急手当、してあげたことがあって、自転車競技って危ないんだなあと思ったのが、その三つぐらいしかないんですよね。最初に、廣瀬さんにお伺いしたいのは、自転車競技の魅力っていうのは、まず、どこに感じられたんですか、ご自分でされてきて。

廣瀬:私がサイクルロードレースの世界で、プロを目指すきっかけとなったのが、まさにジャパンカップなんです。高校1年生のときに自転車部、作新のほうに入りまして、そのときは僕、競輪選手になろうと思っていたんですけども、高校1年の10月に、宇都宮の森林公園でジャパンカップがあるから見に行こうということで、当時の同級生と一緒に見に行ったんですけども、競輪と違って、ロードレースって、ジャパンカップって150キロぐらい走るんです。競輪って2キロぐらい、非常に短くて、短距離なんですけど、逆にロードレースは長距離なので。そのロードレースを見て、世界中からツール・ド・フランスなどで活躍する、世界のトップレーサーが宇都宮にやってきまして、プロの走りを見たときに、一瞬で競輪選手じゃなくて、僕はこのロードレースの世界で、ヨーロッパを目指してプロになろうっていうふうに、自分で決意をして。

そのときって、僕もまさに同じで、何が面白くて、僕はそれに魅了されたかっていうのは、理屈ではない部分があって、それが今、振り返れば、プロが築き上げて、日々、トレーニングをして、圧倒的なパフォーマンスを身に着けて、理屈じゃないプロのすごさっていうのが、そこで感じたんだと思うんですよね。それが、ジャパンカップって7万人とか8万人、見に行くんですけども、何万人の人たちがそれに熱狂していて、周りの姿、熱狂する皆さんを見ていて、その中心となって、自分はその主役になりたいと思ったんです、子どもながら。

実際に、自分もプロの世界を目指して日々、トレーニングするんですけども、ロードレースって1人で、自分自身で勝てるスポーツじゃないんです。特に、すごく人間味が溢れるスポーツで、レースって個人競技に皆さん、思うかもしれないんですけども、実は、日本のレースでも、プロのレースでも、1チーム8人で出るんですが、1チーム8人でプロ同士、20チームぐらい、出るんです。160人ぐらい、一斉にスタートするんですけど、全員が優勝を狙っているわけじゃなくて、1チーム8人の中でもエースとアシスト、勝つ選手と、それを助ける、アシスト選手という者がいて、1人を勝たせるために、他の選手たちが自己犠牲で、全力でサポートします。

例えば、自転車って空気抵抗の影響を受けるスポーツで、風にずっと、自分が先頭で当たっていると体力がどんどん削られていくので、自分のエースが風にずっと受けてしまうと体力が削られるので、風圧を受けないように、風よけの役をやったりとか、エースが、ボトルの水がなくなってきたら、代わりに、取りに行くとか、パンクしたら自分のホイールを差し出して、エースに渡して先頭グループに引き戻すとかっていうことで、全員の自己犠牲で成り立つスポーツなんですよね。それで自分は勝てなくても、チームメイトのエースが勝ってくれれば、本当に勝ったエース以上に自分がうれしい気持ちにもなるし、それは負けたとしても全員の勝利なので、みんなでつかむ勝利。1人で勝って、1人で喜び、分かち合うっていうよりも、そこまで勝利のために、スタッフも含めて全力で、小さな可能性のために全員で努力をして、自己犠牲をして、全員でつかむ勝利なので、勝利をみんなで分かち合うことっていうのが、これがロードレースの、一番の魅力かなあと思うんですよね。

山村:ジャパンカップなんかもそういう形なんですか。

廣瀬:そうです。ジャパンカップも1チーム、あれは6人で出場していますけど、1人を勝たせるために全員がアシストしているんですよね。結構、早々に遅れちゃう選手とかいるのは、あれは役割があって、序盤にライバルチームがアタックしてペース、上げたのを、マークをして、先頭グループをあまりつくらないようにとかっていうふうに動いたりすると、前半で体力が削られてしまって遅れちゃうので。遅れたから弱いっていうわけじゃなくて、彼は彼らの役割を、ちゃんと全うして遅れているとかっていう理由があったりするんですよね。

山村:それは知らなかったなあ。

廣瀬:逆に言うと、エースがわがままでチームメートのことを考えないと、そいつのためにはアシストしたくないって、周りは思ったりするんです。最初は、例えば、若手のときとか、自分よりも強い選手がいたとして、自分より強い選手がいるのに、自分がわがままな走りをしてチームが勝てなかったってなると、信頼が得られないので、契約をしてもらえないとか、チーム内で、言ったらレギュラーに選んでもらえないとかっていうのがあるんです。

山村:なるほど。

廣瀬:なので、自分が将来、エースになりたいんだったら、ちゃんと若いときから誰かのためにアシストをするとか、信頼を得ないと自分がエースになれなかったり、契約してもらえないので、実はロードレース、僕はいろいろなスポーツ、見てきて、特にサイクルロードレースの選手たちって、ものすごいいいやつが多いです。性格がすごく、誰かのことを考えて行動したりとか、純粋な人間が多いんです。そういう意味だと、自転車競技に自分の人間っていうのを育ててもらっているというか、競技に育ててもらっている感じはします。

山村:ラグビーと似ているようで。

廣瀬:そうかもしれないです。

山村:似てないかもしれないんだけど、エースっていう1人の人を中心にっていうのは、ラグビーとはちょっと違うのかもしれないけど、なるほどなあって。でも、ジャパンカップの見方、変わるなあって思うんだけど、私自身が。

ただ、自転車ってあれだけの距離をずっと回ってくるわけじゃないですか。でも、観客の人って、あるポイントっていうか、地点で見ていて、その向こう側っていうか、自分の前を通り過ぎた自転車って、チームもそうだけど、分からないじゃないですか。例えば、グランドでやっているラグビーとか、バスケットを見るのと違って。そこってどういうあれなんですか。

廣瀬:だんだんとロードレースを知っていった人たちは、選手たちが走っていて、自分の応援するチームがどの位置にいるとか、今、誰が、どのチームが先頭を引いててとかっていうことを見るだけで、今、どういう状況かっていうのを分かってってくるんです。それが分かってくると、ロードレースはがっつりはまってしまっている人たちなので、コアなファンの人たちというか、サポーターの人たち。

山村:見えないところも想像して見ているんだ。

廣瀬:そうです。次の展開が予想されて、自分の予想したとおりになると、やっぱりとか、そういう面白さは出てくるんです。初めての方は、どちらかというとクリテリウムという、ジャパンカップクリテリウム、街中で行うレースは、1周2キロぐらいしかないので、何度も何度も回ってきたり、実況・解説の声が届いてくるので、どういうレース状況になっているかというのが分かるので、割と、クリテリウムは、初めて見る人たちにとってお勧めなんですよね。

ロードレースになってくると、1周の距離も長くなってきて、目の前、通過したら次、15分後とか、20分後にやって来る。また一瞬で通過しちゃうっていう状況なので、本当は、ロードレースっていうものが一番の醍醐味なんです。われわれの競技。

山村:そうでしょうね。

廣瀬:ただ、そこを楽しむまでいくためには、まずはクリテリウムを見てもらったりして、少しずつ選手のチーム名だったりとか、選手の好きな推し選手なんかを知ってくると、徐々に楽しむことができますよね。

山村:廣瀬さんはチームでされてきたわけですよね。

廣瀬:はい。

山村:チームの戦略とか、戦術っていうのは監督が指示を出して、それを自転車に乗った選手が、今度は各自が、それをわきまえながらレースをしていくわけですよね。思い出深いようなことって何か、今までの、ご経験の中であります?

廣瀬:まず、僕自身の自転車競技歴なんですけど、ジャパンカップを見てプロを目指したいと。だんだんキャリアアップしていって、最終的には世界最高峰のワールドツアーというレースまで行ったんです。世界のトップレースなんですけど。普通だったら、勝って実績を積んだ人たちがそこまでたどり着けるんですけど、僕、一度も勝たずに世界最高峰のレース、出たんです。

それは、一つ言うなら、先ほど言ったように、僕は勝つエースじゃなかったんです。ずっと勝たせる側の、アシスト側の人間で、そのアシストが評価されて、どんどんレベルの高いチームに契約してもらえるようになったので、勝たなくても、ある意味、実績は作れたのかなあっていうような状況です。

でも、そんな、僕、アシスト選手だったんですけども、自分が唯一、優勝したレースというものがあって、それは引退する年のレースだったんですけども、国内の、プロのレースでしたけど、スタートしてすぐに、結構、15人ぐらいの先頭グループができちゃったんです。宇都宮ブリッツェンで、僕、出ていたんですけど、エースは先日、オリンピックを決めたばかりの増田成幸選手だったんです。後続グループに残ってしまって、先頭グループはどんどんスピードを上げて、後続と5分とか差が開いてしまって、増田選手、強いから、みんな、増田選手をマークして、他のチームは。結局、距離が開いちゃったんです。追い付かないぐらい、差が付いてしまって、今度は先頭の、15人の中から優勝争いが始まると。

でも、僕は今まで勝ったことがないし、でも廣瀬がきょうは勝つんだっていうふうに、監督にげきを飛ばされて。僕にとっては、きょうの仕事は、僕が、勝つことがチームにとってのアシストだということで、何とか、勝ったことがないんですけども、他のチームのライバルを抑えて、最後、1位でゴールすることができたんですよね。

でも、心境とすると、僕がエースというよりは、きょう、勝つことがチームにとってのアシストなんだっていう感覚だったので、自分が勝った喜びというよりは、役割を果たしたというほっとした気持ちのほうが大きかったです。

山村:そのときに、増田選手には、監督は、今回のこのレースは、おまえはアシスト側だぞって言ってあったんですか。

廣瀬:レース、スタートして、増田選手がエースでスタートしたんですけど、スタートしたときに思い通りのプランにならなくて、増田選手が第2グループに入ってしまったんです。僕が勝つ予定じゃなかったのに、前のグループに、僕は他の選手をマークして行ってしまって、先頭グループに入ってしまったので、状況的にはまずかったんですけど、レースを進めていく中でプランを切り替えて、きょうは廣瀬で勝てということで僕に託されたんですけど、僕が勝ったんですけど。

僕、競技人生で、ロードレースで勝ったの、初めてだったんですけど、ゴールしてから、僕よりも増田選手とかのほうが喜んでるんです。監督とか、他のファンとか。普段、アシストばかりした選手が、たまに、ほんの一瞬、光が当たった瞬間で、それに皆さんが喜んでくれてたので、ロードレースっていうのは、すごくいろいろなドラマが、勝つ選手だけではなくて、選手それぞれのドラマがあるスポーツで、そこまで皆さんが、だんだんと分かってくると、どっぷり自転車競技にはまってしまう。選手だけじゃなくて、サポーターとか、皆さんっていうのは、はまってしまうんですよね。

山村:ちょっとしつこくなってしまうようで申し訳ないんですけど、そういうのって、レースの途中で監督から指示が出るんですか。それとも。

廣瀬:そうです。

山村:選手が考えるんですか。

廣瀬:もちろん、監督の声っていうのは、一瞬、目の前に通過するときに指示が来たりするんですけど、そのときに、きょうはおまえが勝てと。きょうはおまえらで行くしかないよっていうふうには、げきを飛ばされて、そこで切り替えていったんですけども。

山村:監督っていうのは同じ地点にいるんですか。それとも移動するんですか。

廣瀬:多少、移動しながらポイントを変えたりしているときもあります。

山村:マラソンなんかは並走して、げき、飛ばしたりしてるじゃないですか。駅伝とかも。

廣瀬:はい。

山村:それとはちょっと違う。

廣瀬:ちょっと違います。

山村:でも、一瞬の指示なんですね。

廣瀬:そうです。でもお互い、監督も、選手たちも信頼し合っているので、一瞬の声で自分が何をすべきかっていうのが分かるんですよね。今、抑えろとか、先頭、引くなとか、後ろから誰が来ているから、ちょっと待てとかっていうことで、一瞬で、それで今の、全てのレース状況が把握できるんです。それが把握できないと戦略的にはなかなか、チームのために、役に立たない状況になってしまうので。

ロードレースは、ただ強いだけだと勝てなくて、よくレースの状況を把握できたり、冷静に物事を見れない選手は、なかなか勝つことができないスポーツでもあります。

山村:そういうふうに聞くと、見方が変わってきそうだなあというように思って。そういうものだったんだね。多分、このラジオを聞いている人も、自転車競技の見方を知らない人、多いんじゃないかと思うんだけど。

廣瀬:でも、結構、複雑なんだねっていうふうなところで壁を作るよりは、まず、レース会場に来ていただいたりとか、最近ですと、You Tubeでライブ配信とかもやっていますので、そういったところを見ていただいて、何となく、プロって理屈じゃないすごさがあるので、施設の子どもたちも、初めて見るクリテリウムでも感動するっていうのは、きっと理屈じゃないものがプロの走りで伝えることができるので。

山村:格好良さがあるんだとは思うんだよね。まずは。

廣瀬:はい。

山村:あとは疾走感というか。

廣瀬:単純に、人間がこんなに、自転車に乗ってスピード出せるんだ、それだけでも。

山村:古賀志山のほうからっていうか、森林公園のほうから上がって、下がってくるじゃないですか。

廣瀬:下り坂。

山村:下り坂。あれ、何キロぐらい出てるんですか。

廣瀬:一瞬、直線で一番出ると、80キロ近く出ます。

山村:80キロ。

廣瀬:それでも全然、80キロっていうと早いですけど、時には、僕も外国のレースで、103キロぐらいまでスピード、出したことあります。

山村:103キロ。自転車で?

廣瀬:自転車で。

山村:ふうん。

廣瀬:2センチちょっとしかないんです、タイヤの太さ。なので、車とかオートバイよりも全然、安定していないんですけど、下り坂で100キロぐらい。

山村:ギアって付いているんですか。

廣瀬:ギア、付いています。後ろは11枚。スピードに合わせてギアを選択して、前にも付いてるんですけど、前2枚で、後ろ11枚、付いていまして、今はボタンで、電動でギアが変わります。

山村:ガチャガチャっていうようなやつ。

廣瀬:昔だとワイヤーで。

山村:ワイヤーで。

廣瀬:じゃなくて、ワイヤーも、もちろんあるんですけど、今、最新の物は電動です。メーカーさんによっては有線もなくて、ワイヤレスでギアチェンジ。

山村:ギアも。

廣瀬:できる時代になっちゃってます。

山村:そうなんだ。全く知らない。

廣瀬:お値段は100万超えてきますけど。自転車、プロが乗る、本当にトップのグレードは100万超えてきちゃいます。

山村:軽自動車1台分だね。

廣瀬:そうですね。

山村:それでは、ここで廣瀬さんからのリクエスト曲をお届けしたいと思います。QUEENで『I Was Born To Love You』。廣瀬さんからのリクエスト曲、お聞きいただいたところですけれども、この曲を選ばれた理由っていうのは、どんなことがあるんですか。

廣瀬:レース直前で、僕が必ず聞く曲でした。これ、聴くとアドレナリンがすごい出てくるのと、何となく自分の、心の中の覚悟が決まる曲だったんですけど。なので。

山村:それぞれ、自転車の選手って、こういった曲をお持ちなんですか。

廣瀬:結構、持ってます。レース直前でウオーミングアップをするんですけど、自分の自転車をローラー台っていう物に取り付けて、体を温めるんです。自転車をこぎながら。そのときに、みんな、大体、音楽、聴くんですけど、それぞれ、自分の、お気に入りの曲を聴くんですけど、僕はこの曲をヘビーローテションでかけてました。

山村:そうですか。『FUNRiDE』っていう雑誌の。

廣瀬:自転車の。

山村:インタビューを拝見したんですけれども、その中で、廣瀬さんがヨーロッパで走ったときのことだと思うんですけれども、ヨーロッパのほうっていうのは、サイクルロードレースの社会的な背景であるとか、価値のようなものが、日本と全く違うっていうことをお話しされているんですけれども、ヨーロッパと、日本の違い、まさに社会的な背景であるとか、このロードレースっていうのかなあ、サイクリングロードっていうのか、そういったものの価値っていうのは、どんなところが違うっていうふうに思われているんですか。

廣瀬:日本においては、自転車っていうと一般車とか、ママチャリと呼ばれていて、移動するための。

山村:手段。

廣瀬:手段・道具なんですけども、ヨーロッパはフィットネスとかスポーツとかっていう感覚が多くて、家族でサイクリングに出掛けるとか、そういう家族のコミュニケーションツールであったりとかもしますので、全く自転車に捉え方が、日本とヨーロッパは違います。

山村:そういった文化の違いがある中で、今、廣瀬さんは、この自転車競技っていうのを、プロ化を目指していらっしゃるんですか。

廣瀬:今、宇都宮ブリッツェンを12年前に立ち上げて、立ち上げた理由の一つとしては、日本のロードレースをメジャースポーツにしたいという大きな夢があって、その第1弾で宇都宮ブリッツェン、立ち上げたんですけども、そういった中で、宇都宮ブリッツェン、立ち上がった後に、全国に地域型のプロチームがぽつぽつと誕生していきまして、そういう立ち上げの、最初のスタートアップに、僕も結構、協力していったりして、ずっと同じ地域型チームとの連携みたいなのをずっとしてきたんですけども。

そういった中で、今年、コロナがあって、いろいろ考えた中でも、選手としては引退しているけども、スピリッツっていうんですか、チャレンジしていくこととか、引退しても夢を追い掛けるとか、そういった気持ちっていうのは、まだまだ選手と変わらないぐらい残っていて。

そういった中で、12年前に一つ、ブリッツェンを立ち上げたときの気持ちと同じだったんですけども、ロードレースをメジャースポーツにしようという意味で、ブリッツェンの立ち上げが第1段だとしたら、第2段として、全国にある地域密着のチームをしっかりまとめて、プロ化をしていこうという、一つ、覚悟が生まれて、今年の夏、ジャパンサイクルリーグという会社を立ち上げまして、今、全国の地域密着型と2021年から新たな自転車の、新リーグのJCLという形でスタートいたします。

山村:いろいろ、ご苦労があるんだろうと思うんですけれども、プロ化を目指すのにあたって、どんなことが今、課題として考えられているんですか。

廣瀬:たくさん課題はありますけども、まず一つは、年間リーグを戦って、レースをつくっていくためのベースとなる予算ですよね。プロスポーツですので、今、中心的に動いているのは、協賛獲得の営業活動を中心に行っています。

あとは、今のプロレースって、ただレースをしていればいいっていうことじゃなくて、どれだけファンの皆さんを獲得するためのコンテンツだったりとか、広報活動というのが必要なので、そこに向けての人材、例えば、サブスクを作ったりとか、技術的なものが必要なので、そういった人の雇用ですよね。

山村:そうですよね。

廣瀬:そういったことの、今、人の面接をしていたりとか、結構、やるべきタスクが多くて、毎日、宇都宮から東京に通って、最終で、新幹線で戻ってきたりとかっていう生活を、ずっとしています。

山村:なかなか、地域密着型というようなことを、あちこちのスポーツでも、今、言っていますよね。同じようなことをして、目指しているというような。その地域密着っていう場合、なかなか、地域密着って、ある意味、すごく分かりやすいことなんだけど、でも、一番難しいことかなあっていうふうに思ったりするんですよね。はたから見ていて。その地域密着型のプロチームっていうのかなあ、そういうものを目指していくときっていうのは、今の、課題の他にどんなことをしていこうというふうに思っているんですか。

廣瀬:どれだけ地域密着とうたって、活動を始めて、実際にサポーターの方だけではなくて、市民の皆さまに必要とされるかっていうことが、すごく重要になってくると思うんです。そういった意味では、自分たちの持っている、自転車チームであれば年間3万キロぐらい、自転車、走るんです。選手たちって。

そうなってくると、一般道を走りますので、交通事故に遭う経験とか、あとは、あらゆるマナーとか、ルールとかっていうことが徹底して分かっているので、そのノウハウを子どもたちにどれだけ伝えて、自転車の交通マナーって、すごく今、社会問題にもなっていたりとかしていて、そういったところを子どもの頃から、地元の、身近な自転車のプロの選手たちが、実際に学校とか、保育園・幼稚園とかに行って、子どもたちにどうやって伝えていくか、それをずっとやり続けるということがすごく大切で。

宇都宮ブリッツェンも昨年の9月、活動をずっと、自転車安全教室はやってきていたんですけども、実績が5万人、到達しまして、受講者数が5万人ぐらい、子どもたち、いるので。逆にそれって、宇都宮においては、5万人の子どもたちが宇都宮ブリッツェンを知っててくれてるっていうことでもありますし、小さいときに、ブリッツェンの選手に自転車のマナー、教わったなあっていう大人も、どんどん、これから出てきたりして、そういったところが、応援してくれることにつながったりとかするので、地域密着型って結構、時間、かかると思うんですよね。

山村:一方で、例えば、チームの、選手のそういった地域密着っていうことが、自分たちの、これから生きる道なんだと、ある意味で。そういうことを育んでいかないといけないと思うんですけれども、そのあたりは何か工夫されていることとかあるんですか。

廣瀬:結局、われわれは地域型チームという形態でやっていて、先ほど、言った、自転車安全教室とか、CRTさんのラジオに出演したりして、自分たちの、競技の魅力とか、選手自身のセルフプロモーションとか、自分たちの存在を知ってもらう広報活動もしていて、そういったことが地元の企業様に伝わって、スポンサーという形で応援いただいていますので、昔のスポーツって実業団系が多くて、企業からの予算内で活動をして、地域活動っていうのは全くしなくても、ずっとルーティンでそれをやり続けたから、ファンの獲得とか、地域活動なんていうのは一切、いらなかったんです。

でも、地域型は、そういった形で、どれだけ地元の経済に支えてもらうかっていうのが鍵なので、そういった意味では、どれだけ地域に還元して、試合でも勝って、メディアに露出して、地域から応援していただく企業様をどれだけ露出してっていうところを、ずっと回していかなくちゃいけなくて、その一つでも活動が欠けてしまうと、一つ、サイクルというものが崩れてしまうので大変だと思うんです。

他の企業チームは、そんなこと、しなくても活動できるんですけども、地域型チームはそういった活動を全部やらないと、自分たちが生きていけない状況ですので、それが、実は、ロードレースとか、ファンとかっていう獲得に、同時につながっていくことだったり。

あとは皆さんに支えられているっていうことは、プロの選手として、自分1人の力でやっているんじゃないと、感謝の気持ちですとか、そういったことで1人の人間がちゃんと育っていくような状況が生まれているので、僕は、地域型でないと、プロスポーツは育っていかないんだなあっていうのは、身を持って体験しました。

山村:選手から、コーチをやったりとか、ゼネラルマネージャーをやったりとかって、されてきているわけですけど、選手と、今のようなマネジメントの立場、全く違うと思うんですけれども、廣瀬さんは、そういったマネジメントとかっていうの、どこで学ばれたんですか。

廣瀬:全く学んでいないんです。経営学とか、スポーツマネジメントですよね。一切、やってこなくて、ただ、感覚的に何が世の中に必要とされているんだろうっていうのを、よく考えていて、こうすれば皆さんが喜んでくれたりとか、こうすれば自転車競技を知ってもらえるんじゃないか、みたいなのをずっと考えながら行動をしていて、どちらかというと、僕の場合は考えて、そこで終わらないタイプで、考えたら、すぐ行動に起こして、結果を見て、次の行動にっていうのを、自然に、性格的にできていたので助かっているなあと思います。

山村:どなたか、今までの中で、自分に影響を与えた人っていうのはいらっしゃるんですか。

廣瀬:影響を与えてくれた方ですよね。たくさんい過ぎて、いい人に、人生の節目で出会っているなあとは思います。もともと、空手をやっていて、小学校から10年以上、空手をやっていて、そこの先生にもすごくお世話になっていて、そこでは礼儀、みたいなところを教わりましたし。

高校に入りまして、自転車部の先生には、先輩とか後輩っていうところの、先輩に対しての礼儀ですとか、後輩に対しての思いやりとかっていうのを学ばせてもらって。そういったことが生きていく上での基本、ビジネス的なスキルではなくて、生きていくための基本っていうところを、ずっとやり続けている気はしています。

ただ最近、また一つ、40を超えてからも感じるのは、今は会社の経営というところで、資金調達とか、投資をしてもらうとかっていうところの仕事も、し始めているんですけども、知識というものは、人間にとってすごく重要だなあっていうところを、あらためて感じるので、今、新しいビジネスの勉強も同時にしています。

山村:きょう、いろいろ、お話を伺う中で、確かに、自転車競技に興味がなかった人も、きっと今のような話を平たく聞いていけたら、ファンの人って増えると思うんですよね。ぜひ、今後のご活躍をお祈りしていますので、頑張ってください。

廣瀬:よろしくお願いいたします。

山村:きょうはありがとうございました。

廣瀬:ありがとうございます。

山村:きょうは、宇都宮ブリッツェン取締役の廣瀬佳正さんにお話を伺いました。

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